東京地方裁判所 昭和61年(ワ)15570号 判決 1989年1月17日
原告
髙橋和夫
右訴訟代理人弁護士
鈴木堯博
被告
日動火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
佐藤義和
右訴訟代理人弁護士
高崎尚志
同
君山利男
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金二〇〇〇万円の限度において、金一六二八万四四六〇円及びこれに対する昭和六一年九月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
昭和五九年九月二二日午前四時ころ、訴外髙橋きくみ(以下「きくみ」という。)が普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)を運転して埼玉県秩父郡大滝村大字大滝字栃本入山付近路上を走行中、同所の東京大学演習林一八林班内豆焼橋直下(以下「本件事故現場」という。)に転落し、同車に同乗していた訴外髙橋昌子(以下「昌子」という。)及び同髙橋知幸(以下「知幸」といい、昌子及び知幸を総称するときは「昌子ら」という。)と共に即死した(以下「本件事故」という。)。
2 責任原因
(一) きくみは、自己のために本件自動車を運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、昌子らの死亡により昌子ら及び原告が被った後記損害を賠償すべき義務を負うに至った。
(二) 本件自動車の保有者である原告は、昭和五八年一一月一五日、被告との間において、本件自動車につき、保険期間を同年一二月九日から昭和六〇年一二月九日までとする自動車損害賠償責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
3 原告の損害賠償請求権
(一) 昌子らのきくみに対する損害賠償請求権の相続
(1) 本件事故当時、きくみは原告の妻であり、昌子らは原告ときくみとの間の子であったところ、きくみ及び昌子らの死亡の先後は明らかでないから、同人らは同時に死亡したものと推定され相互に相続関係に立たないことになる。したがって、昌子らの相続人は原告だけであり、昌子らのきくみに対する損害賠償請求権は、原告が全部これを相続した。
(2) 一方、きくみの相続人としては、原告のほか、きくみの父母である訴外千島孫一(以下「孫一」という。)及び同千島幹枝(以下「幹枝」といい、孫一及び幹枝を総称するときは「千島ら」という。)がおり、これらの者が法定相続分に従いきくみの債務を相続した。したがって、右相続により、原告が取得した昌子らのきくみに対する損害賠償請求権は、三分の二の割合で右債務と混同を生じて消滅したが、原告は、孫一及び幹枝が各六分の一の割合で相続した残りの債務について、なお損害賠償請求権を有している。
(二) 原告固有の損害賠償請求権
原告は、本件事故により死亡した昌子らの父であるから、きくみに対し民法七一一条所定の損害賠償請求権を取得したものであるところ、前記のようにきくみの債務も三分の二の割合で相続し、この限度で混同を生じて消滅したから、孫一及び幹枝が各六分の一の割合で相続した残りの債務について、なお損害賠償請求権を有している。
4 損害
(一) 昌子関係
(1) 原告が相続した昌子の損害
① 逸失利益 一六四七万三五二二円
昌子は、本件事故当時一二歳の女子であったから、同女の本件事故時における逸失利益の現価は、賃金センサス昭和六〇年第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・旧中・新高卒一八歳の年収額を基礎に、就労可能年数を一八歳から六七歳までの四九年間とし、生活費控除を五〇パーセントとして、新ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して算定すると、一六四七万三五二二円となる。
②慰藉料 一二五万円
(2) 原告固有の損害
①葬儀費用 四五万円
②慰藉料 二〇〇万円
③雑費 二四万四〇二〇円
これは、きくみ、昌子及び知幸の三名について必要とした次の費用の合計額の三分の一である。
(イ) 捜索及び遺体引上げ費用
ザイル 二五万円
スノーボート 二七万五〇〇〇円
関係者への食事飲み物代
五万〇五〇〇円
関係者への謝礼(一〇人分)
一〇万円
(ロ) 遺体処置料
遺体処置に使用した脱脂綿ガーゼ代
六五六〇円
死体検案書料 五万円
(3) 合計 二〇四一万七五四二円
(4) 原告の請求額(右合計額の三分の一)
六八〇万五八四七円
(二) 知幸関係
(1) 原告が相続した知幸の損害
①逸失利益 一八一三万一八一九円
知幸は、本件事故当時九歳の男子であったから、同人の本件事故時における逸失利益の現価は、賃金サンセス昭和五九年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・旧中・新高卒一八歳の年収額を基礎に、就労可能年数を一八歳から六七歳までの四九年間とし、生活費控除五〇パーセントとして、新ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して算定すると、一八一三万一八一九円となる。
② 慰藉料 一二五万円
(2) 原告固有の損害
① 葬儀費用 四五万円
② 慰藉料 二〇〇万円
③ 雑費(昌子の場合と同様)
二四万四〇二〇円
(3) 合計 二二〇七万五八三九円
(4) 原告の請求額(右合計額の三分の一)
七三五万八六一三円
(三) (一)及び(二)の合計
一四一六万四四六〇円
(四) 弁護士費用 二一二万円
弁護士費用については、少なくとも右合計額の一五パーセントに相当する二一二万円が本件事故と相当因果関係の認められる損害である。
(五) 総合計
一六二八万四四六〇円
5 原告は、被告に対し、昭和六一年八月三〇日受付の内容証明郵便をもって右損害賠償額を支払うよう催告し、同郵便は同年九月一日被告に到達した。
6 よって、原告は、被告に対し、保険金額である二〇〇〇万円の限度で、一六二八万四四六〇円及びこれに対する履行請求の日の翌日である昭和六一年九月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び同2の各事実は認める。
2 同3及び同4の主張はいずれも争う。
3 同5の事実は認める。
三 抗弁
1 他人性の不存在
原告は、相続により取得した昌子らの損害賠償請求権を行使するほか、きくみとの関係では自賠法三条の他人に当たるとして固有の損害賠償を請求するが、原告は本件自動車の所有者であり、事故の防止につき最も中心的な責任を負うべきものであるところ、本件事故は、原告の浮気を原因とした夫婦喧嘩の末、きくみが本件自動車を運転して昌子らと共に無理心中したものであって、事故当時原告が本件自動車に同乗していなかったとしても、原告きくみと同等以上に同車に対する運行支配及び運行利益を有していたから、自賠法三条の他人に該当しない。
2 混同の絶対的効力による損害賠償請求権の消滅
(一) 原告は、本件自動車を所有し、これをきくみと共に自己のために運行の用に供していた者であるから、原告もまた昌子らの損害を賠償すべき義務があるところ、原告は、昌子らの原告に対する損害賠償請求権を相続したから、右債権債務は混同を生じて消滅した。
(二) ところで、原告及びきくみが昌子らに対して負担する損害賠償債務はいわゆる不真正連帯債務の関係に立つところ、不真正連帯債務の場合において、連帯債務の場合における絶対的効力を認めないのは、次の理由によるものである。すなわち、連帯債務の場合には債務者間に緊密な人的関係があるのに対し不真正連帯債務の場合にはこれがないこと、共同不法行為の場合には不真正連帯債務と構成して絶対的効力を広く認めない方が被害者の保護となることなどである。しかしながら、本件の場合、原告ときくみは夫婦であるから、その間には緊密な人的関係があり、また、原告に損害賠償請求権を認めることが被害者の保護となるわけではない。本件事故は、原告の浮気を原因とした夫婦喧嘩の末に、きくみが本件自動車を運転して昌子らと共に心中したものであり、昌子らの死亡につき、原告にもその責任があるといわなければならないから、原告は被害者として保護されるべき地位にあるものではない。
したがって、混同により昌子らの原告に対する損害賠償請求権が消滅した以上、民法四三八条の適用又は準用により、昌子らのきくみに対する損害賠償請権も消滅したものと解すべきである。
3 権利の濫用
原告の損害賠償請求権の行使は、次の事情に照らし、権利の濫用として許されない。
(一) 前記のとおり、原告は、本件自動車を所有し、これをきくみと共に自己のために運行の用に供していた者であるから、昌子らの立場からすれば正に加害者である。
(二) 本件事故は、原告の度重なる浮気によって夫婦間の信頼関係のみならず家庭生活全体を破壊されたきくみが、前途を悲観して一家心中を企て、原告を包丁で刺した後、昌子らと共に無理心中したものであるが、原告は、昭和四九年ころに浮気をした際にも、きくみが昌子らを道連れに無理心中しようとしたのを知っていたのであるから、本件事故前にかかる事態の発生を予見できたにもかかわらず、なお浮気を続けてきくみを窮地に追い込み本件事故に至らせたものである。したがって、本件事故により昌子らを死に至らしめたことについては、きくみよりも原告の方に非難すべき点が多い。
(三) 自動車損害賠償責任保険においては、保険者は、保険契約者又は被保険者の悪意によって損害が生じた場合においても、被害者に対して損害賠償額の支払をし、その支払った金額について政府に対して補償を求めることができることになっており(自賠法一六条一項及び四項)、政府は、保険者が自賠法一六条一項の規定により被害者に対して損害賠償額の支払をしたときは、その支払金額の限度において、被害者が保険契約者又は被保険者に対して有する権利を取得することになる(同法七六条二項)。
そうすると、本件事故は被保険者であるきくみの悪意によって生じたものであるから、被告が原告に対して損害賠償額を支払った場合には、政府が原告の千島らに対する権利を取得することとなり、同人らに対して求償できることになる。
しかしながら、このような結論は、昌子らを死に至らしめたことにつき原告に多大な非難可能性のある本件においては明らかに不当であるから、原告の損害賠償請求権の行使は権利の濫用である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の主張のうち、原告が本件自動車を所有しこれをきくみと共に自己のために運行の用に供していたことは認めるが、原告が自賠法三条の他人に該当しない旨の主張は争う。
2 同2の主張のうち、(一)は認めるが、(二)は争う。
共同運行供用者の負担する損害賠償債務はいわゆる不真正連帯債務の関係に立つものと解され、その債務者の一人について生じた混同は、他の債務者に何ら影響を及ぼさないから、昌子らの原告に対する損害賠償請求権が混同により消滅したとしても、昌子らのきくみに対する損害賠償請求権が消滅することはない。
3 同3の主張のうち、原告が本件自動車を所有してこれをきくみと共に自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1及び同2の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、また、原告が本件自動車を所有してこれをきくみと共に自己のために運行の用に供していたことも当事者間に争いがない。
二<証拠>を総合すれば、きくみが原告と知り合ってから本件事故に至るまでの経過等を次のとおりであると認めることができる。<証拠>中この認定に反する部分は前掲証拠と対比して措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告(昭和一八年六月九日生まれ)は、昭和四三、四年ころから埼玉県秩父市所在の秩父中央自動車教習所に指導員として勤務していたが、自動車運転免許を取得するため昭和四六年一月七日ころから同教習所に通い始めたきくみ(昭和二四年一一月二四日生まれ)と知り合い、同年五月末ころから同女と同棲を始め、同年一一月一四日に結婚式を挙げるに至った(婚姻届出は同年六月一一日)。
(二) 昭和四七年六月九日原告ときくみの間に長女昌子が出生したが、原告は早くも翌昭和四八年ころには浮気を始め、これを知ったきくみは、同年五月ころ原告に「二瀬ダムに飛び込んでやる。」と言い残して昌子を連れて二瀬ダムまで行き、同児と共に心中しようと決意し、吊り橋の上から同児を突き落とそうとしたが、同児が「おっかね―」と大声で泣きながらしがつみついてきたので、思いとどまった。この直後原告は自分の浮気が原因で、きくみが二瀬ダムに飛び込み自殺をする寸前だったことを知るに至っていた。
(三) 原告ときくみとの間に昭和四九年一二月三〇日長男知幸が出生したが、原告はなお浮気をやめようとしなかったため、きくみは、千島らに対し電話でたびたび「困った、困った。」と漏らしていたが、昭和五二年六月四日ころ、右手首を切って自殺を図った。
(四) このようなことがあっても、原告はなお浮気をやめようとせず、昭和五四年ころは青葉二三代と、そして昭和五九年には関根みどりと交際を重ねるに至った。本件事故の数日まえ、原告は、きくみに対して「みどりと結婚するから別れてくれ。」とまで言うようになり、きくみが「女中でもいいからおいてくれ。」と言うのにも耳を貸さなかった。
(五) きくみは、昭和五九年九月二一日の夕方、原告の浮気の事実を確かめようと自動車で原告を捜して方々回った末、原告とみどりが一緒にいるのを発見し、同人の自宅近くに赴いて同人らのほかにみどりの母親も交えて話し合ったが、原告からは「みどりと結婚するから別れてくれ。」と言われ、また、みどりの母親からも「みどりは和夫と結婚するのだからお前が出て行け。」と一方的に言われたため絶望し、同日午後九時ころ、知人の堀口静江宅を訪れて、同人に対し右話合いの経過を話すとともに、株券及び郵便貯金通帳を差し出して、これらを千島らに渡して欲しい旨を言いおいて帰宅した。その後きくみは、自宅に戻り、包丁を持ち出して二階で寝ていた原告の左頸部を切りつけ、さらに左腹部を刺した上、昌子らを乗せた本件自動車を運転して家を出た。
(六) きくみ及び昌子らは、昭和五九年九月二二日午後、本件事故現場で遺体となって発見された。本件事故現場は国道一四〇号線の終着地点にあり、東西に豆焼川が流れ、南北に秩父山系が広がる深い渓谷である。右豆焼川の左右岸は四五ないし六〇度の斜度で崖状を呈しているが、同川には南北方向に豆焼川橋がかかっており、同橋中央部から豆焼川の水面までは約二〇〇メートルある。同橋の南側は行き止まりになっており、同橋の北側には国道一四〇号線が続いているが、同橋の北側欄干の北端から北東約3.8メートルの地点(以下「転落地点」という。)の道路端から下方にかけて本件自動車が転落したものとみられる痕跡がある。本件自動車は、転落地点の下方約二三〇メートルの豆焼川内に前部を南方に向けて仰向けにひっくり返って大破しており、転落地点の下方約六〇メートルの地点から約五〇メートルの間には本件自動車のものとみられる自動車部品等が散在していた。きくみ及び昌子らの遺体は、右自動車部品等が散在していた場所よりもなお下方に存在していたが、いずれも身体全体に多数の外傷が認められた。
(七) きくみが原告を刺した事件は、きくみを被疑者とする殺人被疑事件として捜査されたが、右捜査の過程で、「こんな事になってしまって本当にごめんなさい。あとの事はよろしくお願いします。※堀口さん二年足らずでしたが本当に良くして頂いてどうもありがとう。さようなら! ※何回も親不幸をしてごめんなさい。(子供だけはと何度も考えましたが、やっぱり一緒に連れて行きます。)」ときくみの筆跡で記載された書面(乙第五号証)が発見された。
(八) 原告は、本件事故後、秩父中央自動車教習所を退職したが、昭和六二年に至って前記関根みどりと結婚した。
2 右認定の事実によれば、本件事故は、きくみが、原告の度重なる浮気によって夫婦間の信頼関係を破壊され前途を悲観した挙句、昌子らを道連れに自らも死のうと決意し、本件自動車に昌子らを乗せて本件事故現場に赴き、故意に豆焼橋下に本件自動車を転落させて昌子らを死亡させるとともに、自らの命も絶ったいわゆる無理心中であると認められる。
三1 右一及び二の事実によれば、本件事故当時、きくみは本件自動車の運転者であって本件保険契約の被保険者であり、また、原告は本件自動車の保有者であって本件保険契約の保険契約者・被保険者であり、きくみ及び原告はいずれも本件事故につき自賠法三条に基づき昌子らの死亡による損害を賠償すべき義務(以下「本件損害賠償義務」という。)を負ったものというべきであり、そして、本件事故に基づく昌子らの損害は本件保険契約の被保険者であるきくみの悪意によって生じたものであるから、被告は、昌子らの損害につき保険金の支払を免れるものというべきである。
2 ところで、自賠法一四条が、保険会社は保険契約者又は被保険者の悪意によって生じた損害については、填補の責を免れる旨規定しているのは、保険契約者又は被保険者が悪意によって保険事故を招致することは社会的に容認されない行為であり、保険会社が保険契約者又は被保険者の悪意によって生じた損害の填補をすることは公序良俗に反することとなるからである。そして、同法は、一六条四項において、保険契約者又は被保険者の悪意によって損害が生じた場合において、保険会社が被害者に対して損害賠償額の支払をしたときは、その支払った金額につき、政府に対し補償を求めることができるとし、七六条二項において、政府は、保険会社の支払額の限度において、被害者が保険契約者又は被保険者に対して有する権利を取得するとしているのである。同法の右各規定の趣旨・目的を考慮すると、同法は、保険契約者又は被保険者の悪意によって生じた損害については、同法三条又は民法七〇九条等に基づきその賠償責任を負うべき者が最終的に負担すべきものであるとし、この者が右損害を自動車損害賠償責任保険に転嫁することを許していないものというべきであり、したがって、右の者はいかなる意味においても自動車損害賠償責任保険の保険利益を受けることができないものというべきである。
したがって、被保険者の悪意によって生じた損害につき自賠法三条により賠償責任を負う者が、たまたま被害者を相続し、同法一六条一項に基づく被害者の保険会社に対する損害賠償額の支払請求権を承継取得するに至った場合であっても、右の賠償責任を負う者にこの権利の行使を認めることは、その限度で実質的に自賠責保険の保険利益を享受させることとなるから、許されないものというべきである。
本件において、前示のとおり、原告は、昌子らの死亡による損害の最終的負担者の一人であるから、昌子らを相続したとしても、同条一項に基づき、被告に対し、右損害賠償額の支払を求めることはできないものというべきである。
3 原告は、自己の負った本件損害賠償債務は昌子らを相続した結果混同により全部消滅し、きくみの負った本件損害賠償債務のうち原告の承継した三分の二も右と同様混同により消滅したことを前提とし、きくみの負った本件損害賠償債務のうち千島らの承継した合計三分の一について、自賠法一六一条一項に基づき、被告に対し、損害賠償額の支払を求めることができる旨主張する。
しかしながら、昌子らの原告及びきくみに対する本件各損害賠償請求権は、政府が自賠法七六条二項により代位取得しうる余地がある以上、民法五二〇条ただし書きの適用により、原告主張に係る事由によっては絶対的に消滅するものではないと解すべきである。
したがって、仮に、原告の本訴損害賠償額の支払請求を認容する判決が確定し、被告がその支払をした場合、政府は、被告の支払金額の限度において、昌子らの原告及びきくみに対する本件各損害賠償請求権を代位取得することができるものというべきであり、政府が原告に対し、原告の負った本件損害賠償債務又は原告の承継したきくみの本件損害賠償債務の履行を求めたときには、原告においてこれらがその主張のような混同によって絶対的に消滅した旨主張して右履行を拒むことはできないものというべきであるから、原告の本訴請求の前提である右の主張は採用の余地がなく、本訴請求を認容するときには、いたずらに無用な手続を重ねる結果となることが明らかであるから、本訴請求はこの点においても理由がないものというべきである。
以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく、理由がないものというべきである。
四よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官柴田保幸 裁判官岡本岳 裁判官石原稚也)